俳諧の祖、山崎宗鑑が興昌寺の境内に結んだ数奇屋造の庵で、日本最古の俳跡といわれている。建立は、享禄元年(1528)でその後4回ほど修復されましたが、ほぼ原形をとどめている。「一夜庵」の名は、宗鑑が来客の一夜以上の滞在を許さなかったという句にも由来している。
臨済宗東福寺派の寺ですが、開山は弘法大師で、古くは真言密教の道場であったといわれている。境内には、俳跡「一夜庵」、ミニ霊場88ヶ所めぐりコース、興昌寺の古墳、仏足石等、多くの史跡が残されている。